こんにちは!
大北税理士事務所所員の松尾です!
今回は前回の投稿で「数十年の時を経て」と言っていた点について少し(一部を)お話しします!
大北先生と私が共に大学を卒業したのは2001年のことですが、その後大北先生はそのまま同じ大学の大学院へ進学され、私は地元の大学の大学院に進学したました。
同じく大北孝先生も大学の同窓で、大北浩司先生が大学院に進学された後同じ道を歩まれました。
大学院進学後はお互いにある一定の交流はあったものの、大北先生ご兄弟は当初の目的である「税理士になる」という目標の下、税法、会計に関する研究に没頭されていました。
一方私は明確な目的意識を持たないまま安易に「人生の夏休み」を謳歌すべく進学してしまいました。
殊、私の場合はそもそも目的意識があって大学院へ進学した訳ではないので、いわゆる「社会人となるまでのモラトリアム期間を徒に引き延ばした」に過ぎませんでした。
その時点で私の親不孝ロードが始まった訳ですが、大北先生ご兄弟は大学院終了後晴れて税理士となり、私は何の夢も目的意識も無いまま大学院を修了し、学生時代から続けていた塾講師を続けつつそのままプロの塾講師となりました。
そんないい加減な状態にある私に対しても変わらぬお付き合いを大北先生ご兄弟が続けて下さったことは、その後数十年の時を経て私の生き方にとても大きな影響を与えてくれました。
その根底には大北先生ご兄弟のお父様(大北均先生)の「学生時代の友人は何の利害関係も無いものであり、一生の財産である」というお考えと、それに基づいたお付き合いを大北先生ご一家が実践して下さったという事実があります。
そんな大北先生ご一家のご厚情、勧めもあり私はプロの塾講師を経てその後某大手学校法人(公務員要請専門の学校)で教員として働くことができました。
※教員として働くまでにも大北先生ご一家との間にはドラマがありました。
そこでの経験は壮絶なもので、昨今マスコミを賑わせている教育の現場で起きている諸問題の全てが体験できる様な学校でした。
あまりの激務に一時は自身の健康を大きく害する様なこともありましたが何とか踏ん張ることができました。
結果的には教員は辞めることになり、現在全く畑違いの仕事をすることになりましたがそれは決して後ろ向きなものではなく前向きな方向転換であると認識しています。
そしてそこでの壮絶な経験があったればこそ今の自分や大北先生ご一家との結び付きをより強固なものとすることができたということも勿論ありますし、何よりその様な状況下にあっても私との交流関係を継続して下さったことは生きる上で大変励みになりました。
そして自身を奮起させてる原動力となったことは間違いありません。
その更なる詳細は次回以降に譲りますが、ご興味を持って頂けた方がいらっしゃれば大北税理士事務所の本業(税務、相続、不動産関連業務)とは異なりますが是非ともお声掛け頂ければと思います。
少し脱線してしまいましたが、何れにせよお互いに全く異なる世界に進んだものの最終的にはまた共に同じ目的、目標を持って働ける様になれたのは大北先生ご一家のご厚情に依拠するところが大変大きいと思います。
そんな状態で過ごした大学卒業後から現在に至る30年です。
人生100年の時代と声高に言われる昨今、残りの半世紀を大北税理士事務所の一員として働けることに感謝しつつ、この強固でありつつも和気藹々とした雰囲気で働けることに感謝したいと思います。
こんな面倒見の良い先生方のされる日常の業務は、同じく極めて面倒見の良いものであることは間違いありません。
そして単に面倒見が良いだけでなく、事務所スタッフの間は勿論、関与先の方々やこれからご依頼を頂くであろう方々に対しても和気藹々とした雰囲気で確実な業務、サービスを提供できることをお約束致します。
文責 松尾慎介
